実語教

  • 2011.10.27 Thursday
  • 14:59


今日は実語教を紹介します。
これは江戸時代の寺子屋で、かつて実際に使われていた児童教訓書です。鎌倉時代に成立した書物で、作者は不詳です。江戸時代には児童にまずこれを教えたんです。現代で言えば、小学校でこれを教えたわけですね。儒教的な内容で、一説によれば、弘法大師空海が書いたとも言われています。




空海は十代の頃エリート官僚になろうと思っていて大学で学んでいたのですが、ある日出会ったお坊さんの教えに感動して仏教に目覚め、山の中で一人修行してから空と海を眺めて、その自然界のありさまに感動し、それから僧となって唐へ渡り長安で学んだ有名なお坊さんです。孫悟空や三蔵法師が登場する西遊記のようなすごい長旅を実際にしているおもしろいお坊さんです。空海は長安で密教を学んでから日本へ帰り、四国で治水工事をしたり、密教を広めたりして、真言宗の開祖になりました。その空海が綜芸種智院という日本で初めて身分を問わずに学問を教えた学校を開いているわけですから、江戸時代に使われた児童教訓書の作者が空海であるという説が出てくるのもおかしな話ではないと思います。




空海の密教においては、十住心論というのがありますが、ご存じでしょうか。
人の心を十の段階に分け、
一、獣のように本能のままに生きている第一住心からはじまり、
二、幼児が日常の倫理に目覚めた段階が第二住心で、
三、外界への恐れを薄れさせてゆくのが第三住心で、
四、初期仏教の認識に目覚めるのが第四住心で、
五、自分の苦しみを除くところまではたどり着いた状態が第五住心で、
六、すべての人々を救済しようとする慈愛に満たされた段階が第六住心で、
七、一切のことは実体がなく空であると悟った段階が第七住心で、
八、あらゆるものは本来清浄であり対立することはないと悟る段階が第八住心で、
九、現実の世界も理想の世界も同じだと悟る段階が第九住心で、
十、あらゆるものの価値に目覚め、世界の真実の姿に目覚める段階が第十住心
なのだそうです。

密教というのは、短歌や俳句の世界とは違うわけですし、短く要約してしまったらその教えがまったく機能しないものであるはずですが。空海に興味を持った方は、密教の歴史を研究した本をじっさいに読んでみてください。難しい古典は読めないという方には、空海の図解マンガもあったりしますよ。




ふつうは、十住心論の一段階から五段階目くらいまでのあいだを行き来しているという感じだと思うんですが、その先のことはかなりむずかしそうですよね。現代の偉人に照らしあわせてみても、十をすべてできているなという人はかなり少ないのではないでしょうか。ヘタに高次元なところをマネするととんちんかんな幸福感につつまれた人になってしまいそうです。




実語教は、児童たちに勉学の勧めや日常道徳などを説いている、生活の中の倫理を教える書物ですから、空海の十住心論で言えば第二住心にあてはまりますね。実際に空海がこの実語教をまとめたのか、それとも別の人がまとめたのかは判りませんが。この編纂者が空海のことを心に念じながら書いたことはまず間違いないんじゃないでしょうか。




時代劇などでよく出てくる寺子屋で、じっさいに学んでいた幼子は、この実語教を諳んじていたようです。まずは音のひびきに親しんでこれを暗誦できるようになることを重視して、すっかりと暗誦できるようになってから、実生活を通してその意味を知ってゆく、というのが当時の教育法だったようです。




実語教は声に出して読みたい古典だと思います。意味を考えるよりまず先に、詩のように読めるのが興味深いです。これってかなりすてきなことが書いてありますから、現代人がこれを何度も読んで、諳んじられるようになると良いんじゃないかなと思います。




『山高きが故に貴(たっと)からず。木有るを以(もっ)て貴しとす』

とか

『倉の内の財は朽(く)ちること有り。身の内の財は朽ちること無し』

とか

『なほ農業を忘れざるがごとく、必ず学文を廃することなかれ』

なんて
小学生に言われた日には、しょんべんちびりますね。
心の宝は朽ちることがない! だから君よ、学ぶことを永遠に忘れるな。

一つ一つのフレーズがどこか詩になっている。
一生忘れたくない詩ですよこれは。





http://akarinohon.com/center/jitugokyou.html (ページ数 約5枚)

老子道徳経

  • 2011.06.30 Thursday
  • 12:31


今日は《老子道徳経》 Laozi Tao Te Ching を公開します。これは、へいはちろうさんという方が翻訳したものを借り受け、無料公開させていただいています。html形式でお読みになりたい方は、ぜひへいはちろうさんのサイトをご覧ください。中国語、英語、日本語で読むことが出来ます。




老子は、言わずと知れた中国のもっとも有名な古典のうちの一つです。老子は、世の中にある善や規律や欲望を否定します。たとえば商人文化に対して仏教文化があるように、主流の世界に対して全く違う回答を投げかけるのが老子です。普通、「否定」をされると不愉快で聞き入れられないんですが、老子はとても上手にものごとの滞っている箇所を否定し和らげてくれるのです。老子はとにかく面白くて、ためになる書物で、ありとあらゆる文学や芸術や哲学がここから誕生し続けています。水脈の源流のような書物です。




普通の書物は、自分の作ったものがいかに優れていて他人がいかに劣っているかを主張し続けるものなのですが、老子はもっとより哲学的で、自分の立場も平気で否定してみせるんです。「書物や言葉ってあんまり役に立たないよ」とかいうことを書物に書き記しているんです。そして「これが正しいのだ、って言う話しは正しくないんだよ」とか「自分を華美に飾りたててもしょうがないよ」とか「知識なんて役に立たないよ。無知無欲な奴がいーんだ」とか言ってくるのです。ようするにただ知ってばかりいるってだけの奴は危なくて、体験を通して「判った!」ということが大切なんだということなのかもしれませんが。それで、「水のように低きに流れてゆくこだわりのない奴が良いんだ」とか「人々のことを気遣うよりも、まず自分の体をいたわる奴がいーんだ」とか「有るってことよりも、無いっていう存在のほうが大切なんだ」とか、世間で持て囃されていることとはまるで違うことを言うのです。




老子の現代語訳の本は、日本でもたくさん出ていますから、老子に興味のある人はぜひ図書館で借りてみてください。
はじめて老子を読んでみる人には、新井満さんの『老子―自由訳 』をお薦めします。
もっと深く老子を学びたい人は、金谷治さんの『老子』をお薦めします。
まずは以下のリンクから《老子道徳経》を読んでみて、その魅力を知っていただければ幸いです。





http://akarinohon.com/basic/rousi_english.html (総ページ数 約81枚)


縦書き+書き下し文バージョンはこちら(総ページ数 約81枚)

方丈記 鴨長明

  • 2011.05.28 Saturday
  • 13:42
今日は鴨長明の方丈記を紹介します。
まずは現代語から読んだほうが内容がよく判ると思うので、方丈記の現代語訳を掲載しているサイトを紹介します。

鴨長明 方丈記 現代語訳




鴨長明がどういう人だったかというと、ダンテと同じく政争に敗れ、というか出世に伴う政治的な対立を避けてゆく過程で古典や文学に目覚めていった人なわけです。僕が古典に目覚めたのは非常に恥ずかしいんですが、かなり遅いです。二十代の頃はさっぱり判りませんでした。仏教美術や古寺などには興味津々だったんですが。




話が逸れますが平安時代の古寺は、現代の建築技術ではぜったいに真似できないほど高度な技術で建てられていて、そういうのはもう見ているだけで楽しいわけです。しかしいかんせん基本的な教養が無いので、僕は古典が長らく読めませんでした。古典に挑戦してもすぐに負け戦してすごすごと帰ってくる感じです。




僕が古典に目覚めたのは、影ながら私淑(ししゅく)している知識人の方が

「独学したいんだったら、古典を読みなさい。新しいものはすぐにすたれて役に立たなくなります。古典は滋味にあふれていますよ」

とすてきな口調でおっしゃっていたので、『監獄の誕生』という哲学書を投げ棄てて、とつぜん古典を読み始めた、という経緯だったんです。現代では誰でも古典が読めるように、横に現代語訳が書いてある良書がたくさん出版されているわけですから、教養が無くても読めますよ。非常にミーハーと言いますか、僕はそういう経緯で古典を読み始めました。




方丈記を紹介しておきながらこう言うのもなんですが、古典といえばやはり万葉集がいちばんだと思います。良寛というすてきな禅僧のかたが「万葉集を読みなさい」と言っているんですが、やっぱり古い時代の自然観というのが万葉集に込められていて、日本の古典そのものだと思います。こんど紹介してみます。他にも小倉百人一首であるとか、素晴らしい古典がたくさんあると思いますが、僕は『老子』って何度読んでも新鮮だと思います。




一言だけ、方丈記について記しておきます。方丈記は地震や津波や火事や災難に弱い日本のことを愛情いっぱいに記している書物だ、と思います。たとえばシェークスピアやダンテと並び称されることの多いゲーテも、大地震をきっかけとして、その地震についてをずっと考えながら創作を行ってきた人なんです。時代を超える書物を書く方は、ずっと昔にあった苦悩を忘れずに覚えている人のように思います。苦悩を忘れず、それを和らげるように書き記した人、というのがゲーテであり鴨長明なんです。






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