悪党 新藤兼人
- 2011.07.10 Sunday
- 00:17
今年の夏に日本最高齢九十九歳、新藤兼人監督の映画『一枚のハガキ』が公開されるのですが、それに先立って、新藤兼人の過去のDVDを、この七月初旬から紹介してみようかと思います。『悪党』というこの映画を見た事が無いという人は、一度手に入れてご覧になってみてはいかがでしょうか。新藤兼人の数多くの映画のうちのいくつかが、お近くのレンタルビデオ屋にあれば幸いなんですが。代表作はたくさんあります。『狼』『裸の島』『鬼婆』『裸の十九歳』『生きたい』『どぶ』『わが道』など。新藤兼人映画は、一度はまってしまうと、もうほとんど全ての作品を興味深く見てゆけます。
まずはじめに、新藤兼人がどういう映画監督なのかをはっきりと知っていれば、ほぼ全ての映画を観てゆけるんじゃないかと思います。僕がお薦めするのは1952年に発表された映画『原爆の子』です。これは過酷な問題を描き出した物語ですから、どなたにもお勧めできる映画ではありませんが、これが新藤兼人の代表作とよく呼ばれている映画だと思います。
戦後7年目にあたる1952年というのは重要な年で、サンフランシスコ講和条約が発効され、占領軍であったGHQが日本から引き揚げて、日本が新しい時代に向かってゆく年なんです。この年に、新藤兼人監督映画『原爆の子』が封切られます。新藤兼人は戦後すぐの当時、GHQがまだ日本の言論を統制していた頃、とくに原爆については多くの規制があった時代、原爆の被害を受けた子どもたちが書いた作文を読んで、この映画を作りはじめました。そうして映画が発表されるとほぼ同時期に、GHQは日本に民主主義が根付いたということで引き上げています。表現の自由というのが何十年かぶりに甦った、ということを証明している映画です。しかし、原爆投下の正当性を主張する米国政府にとってはやはりこの映画が有名になるのは認めがたい。認めがたいので妨害をする。それでも子どもの正直な思いを丁寧に展開したこの映画は、チェコやポーランドやイギリスなどで大きな反響を呼び多くの映画祭で平和賞を受賞するにいたるのです。新藤兼人はそれで、商業主義の映画ではない、独自の生命観あふれる映画を次々に世に送り出してゆくようになります。この『原爆の子』という映画は、2011年になってアメリカで上映され、核廃絶と平和を考える映画としての評価を得ています。半世紀以上にわたって、そして現在も、社会を熱心に動かしてきたのが、新藤兼人監督の映画なんです。こんな精力的な芸術を若い頃から齢九十九歳になるまで、ほぼ七十年(七十年もですよ!)ものあいだ作りつづけられた、という人は他には誰も居ないわけです。
この『悪党』という映画は、あり得ないような戦争の発端をリアリスティックに描き出している異色作で、戦争が起きるという事の虚しさを、ある場面ではこっけいに、またある場面では正面から描き出しています。前半はいかにも悪しき男という感じの師直(もろなお)が阿呆のように美女に横恋慕するという、滑稽なさまが描かれます。馬鹿な父ちゃんという感じで見てゆけるわけです。それが後半になるに従って、意思疎通の決定的な欠如から戦が始まる。いっけん荒唐無稽な戦の元凶を描いているのですが、権力の悪用というのが確かに存在していて、それが連続性を持つ文化から切り離された環境において個人の内側でどんどんと肥大してゆく様は、まるで嘘であるとは思えないわけです。見ている私たちは、自分の内側にある悪というものが炙り出されるような思いをするわけです。
あるシーンで、武士達が戦っているんですが、そこで血が見えないんですよ。流血が見えない。見えない。見えない、ということがもうすごい信念で迫ってくる。血が見えない、体が見えない、生きた人間が見えない、という唸り声のようなものが迫ってくる。
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【映画監督 新藤兼人の軌跡】テアトル新宿 【上映期間】7/23(土)〜8/5(金)
2011年夏 公開映画 一枚のハガキ