死刑囚最後の日 ヴィクトル・ユゴー

  • 2011.10.13 Thursday
  • 01:04



今日はヴィクトル・ユゴーの『死刑囚最後の日』を紹介します。


僕は死刑囚というと、冤罪事件のことを思い浮かべます。あるいは永山則夫のことを描こうとした、新藤兼人監督の映画『裸の十九歳』について思い出します。死刑制度には犯罪抑止力が無い、というのが通説です。死刑判決が増えたあとにも、むしろ凶悪犯罪は増えています。じゃあどうすれば良いのかというと僕には判らないのですが、死刑囚になるような犯罪をする時に、別の道があるのなら誰も死刑囚になどなろうとはしないはずだ、と思います。けっきょく別の道があるようにする、別の道があるということに気付きやすい社会を作るという長い道のりの支援策しかないようです。『裸の十九歳』では、主人公がさまざまな道を選ぼうとします。しかしことごとくその道が断たれる。持続可能性の高い道のりというのがどうしても必要で、貧困に負けない仕組み作りが大切であるようです。




『死刑囚最後の日』は死刑制度の問題について、作家のユゴーが物語形式で思索していった作品です。ユゴーといえばなんと言っても、「レ・ミゼラブル」です。僕は子ども時代に児童書として翻訳されたものを読んで、これがいたく気に入りました。主人公はどろぼうなんですよ。良い奴なんだけどどろぼうの魂を持っている。パンが食べたくてパンを盗んだ。それで捕まって19年間投獄されてひどいめにあって。いろいろさんざんな人生を歩んで、とても心優しい司教さまに助けられて、一晩泊めてもらって、その時にですよ。銀の皿を盗んでしまうんですね。ジャンバルジャンは。ほんとうに人の情けというのを知ってですよ、ああ、救われたと思った時に、なんでかまたその司教さまから、銀の食器を盗んでしまうという、これは法律上の罪だけでなくて、魂の犯罪を犯してしまうわけです。ほんとうに感謝している相手に対して悪さをしてしまうという、どうしようもないことを何故かしてしまう。悪気があってやったわけではないんですが、悪をなしたわけです。そしてその罪が世間によって暴かれてしまう、という時に、心優しい司教さまが「その食器は彼にあげたのだ。そしてこの銀の燭台も、彼にあげようと思っていたところだ」ととっさに作り話をしてかばってくださるわけです。それでジャンバルジャンは号泣します。いやその場では泣かないわけですが、彼の魂が泣く。それで、こういう善意ある人が居るのなら俺だってまともになってやるとジャンバルジャンは奮起して、立派な人間になるわけです。話はそれでどんどんどんどん続くんです。「レ・ミゼラブル」を読んだことのない人はぜひ読んでみてください。良い翻訳があればいいんですが。




この「死刑囚最後の日」は、死刑になる人間の心情をリアルに追っていった作品です。死刑囚の物語が克明に描かれています。かなり深刻な内容ですから、この問題について考えてみたい時に、ぜひお読みになってください。ユゴーがなぜ死刑制度に反対しているのか。ユゴーが追った、死刑囚の社会的背景とその生活環境についてが詳細に語られています。




http://akarinohon.com/basic/shikeishu_saigono_hi.html (ページ数 約250枚)


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