庭の追憶 寺田寅彦

  • 2011.11.22 Tuesday
  • 15:18


今日は寺田寅彦の『庭の追憶』を紹介します。
紅葉の雰囲気が漂う随筆を探してみて、これに突き当たりました。
これはなんだか不思議な瞬間をとらえています。


ぼくは、昔住んでいた町を通り過ぎるときにみょうに不思議な気分になります。
ここは「自宅の近くだ」という気分と「ここは自宅から遠い」という気分がなんだかまぜこぜになった気分に包まれるのです。なんか「あれっ?」という瞬間って人によっていろいろありますよね。何に役立つのかは判りませんが、なにか創作している人にはそういう「あれっ」という瞬間が役だったりするんでしょうか。


他に「あれっ?」という瞬間を紹介すると、僕はさいきん大学生のちょっとした日記をなんとなく読んでいたりするときに、この「あれっ?」という感覚に突き当たります。ちょうど僕も大学時代にまったく同じことを考えていたなあ、ということを感じるんです。でも10年以上たって今はそれと異なる考え方になったし、たぶんこの学生さんも5年くらいたつとかなり違う発想を持つはずだ、というようなことを思うときに「あれっ?」と思うんです。


どういうように「あれっ?」と思うかというと、僕が誰かを見つめているときに、僕も誰かに同じように見られているように思う、という奇妙な感覚です。


たとえば学生時代ってよっぽど面白いことをしている人でもないかぎり、学生のその先がどんな日常になるか、あんまり想像しませんよね。ちょうど小学生が大学生の日常を想像しないのと同じで。でもそれは実際に5年後になると判ってくるし、今知る必要なんて無い。小学生時代に「大学3回生に進級したら単位はどうしようかな」ということを悩んでいても、それはまったくちんぷんかんぷんな悩みなわけで、つまりかなり先のことは「なるようになる」とか「うまくゆくはずだ」というふうに適切な道のりを想定しておいて、今することを改善してゆくしかない。


そういうことを思っているときに、「あれっ?」と思うんです。つまり、僕が行き詰まっているように感じている「僕の日常」の先を、ある程度正確に予測できる人がたぶんいるはずだ、という予感が、なんだか不思議な気分で想像できるのです。


僕は僕の日常をどう変化させてゆくか、ちょっといま具体的によく判らないのですが、経験豊富な人にとっては、僕の未来はそれなりに見えているんじゃないのか、と想像するときに「あれっ?」と思うのです。僕自身には見えないのに、だいたい予測できる人が居るはずだということだけは想像できてしまう。それは奇妙だな、という感覚です。自分の視野が、自分がゆけるはずの距離よりも遠くに行ってしまっている瞬間があるのでした。


もう少し、具体的にこの「あれっ?」という感覚を説明してみると、さいきん聞いた仏教の法話のなかに、こういう不思議な話がありました。


男と従者は長旅をしていた。
男らは川沿いをずっと歩いて、川上にある村にたどり着かねばならない。
しかし、今歩いている道は、だんだんと崖が険しくなってきて、はるか彼方には岩壁が聳えている。このままでは旅を続けられない。
男らは対岸を見つめた。向こう岸にはなだらかな草原が広がっている。
男らはより一層けわしくなる此方側の道をあきらめねばならない時がついにやってきたことを悟った。しかし川は深く流れはけわしい。男は従者に命じ、木木と葉を寄せ集めさせて、がんじょうなイカダを組ませた。このイカダのおかげで、男らはぶじに川を渡り終えることが出来た。ここから先はなだらかな草原を越えてゆくだけでよい。しかし男は、川を渡り終えたことに歓喜し、このイカダにいたく感謝するあまり、イカダを背にかついで草原を歩きはじめようとしてしまった。
そこで従者はなにを言うべきか。
「そのイカダはもはや不要です」
このように告げるべきである。
危機を乗り越えたのち、もはや使わなくなった道具とはお別れをして、共に新たな道を歩まねばならない。


こんな話でした。それで僕は「あれっ?」というのから「ああなるほど」という感覚にいたりました。プラトンの本にもこれに似た話が書いてあったし、ウィトゲンシュタインという哲学者も似たことを書いていて、あれも親切心でそう告げたんだろうなあと。


つまり、ずいぶんな長旅をした人は、そのあとから歩いてくる人へ向けて、なにかを書き残すことがこれまでも良くあって、私にとってはまるで体験したことのない謎であっても、人によってはすでに来た道であったのだ、と納得したのでした。

 

http://akarinohon.com/center/niwano_tsuioku.html (約20頁 / ロード時間約30秒)


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