夏目漱石 坊っちゃん

  • 2011.06.10 Friday
  • 17:10



今日は夏目漱石の《坊っちゃん》を紹介します。



僕はなんでもかんでも世間と反対のことをしないと気が済まないたちなので、日本の名作と呼ばれるものはとにかく読まないでおこう、と思っていて子どもの頃は哲学書とかアウトロー小説とかを読みふけっていました。ウィトゲンシュタインの論理哲学論考における「論理は語りえない。それは示されるのみである」とか「論理はアプリオリである」とはいったいなんぞや、というようなことに興味津々で、いわゆる伝統的な文学にはまったく目がゆきませんでした。似たような理由で、夏目漱石の小説、読み終えたこと無いよ、という人けっこう居ると思うんです。




夏目漱石の《坊っちゃん》というと、即座に松山での正岡子規との交流を思い浮かべます。漱石は横の繋がり(同世代の絆)に希望を持っていて、縦の繋がり(親子関係)が壊れていることを常に意識していたように感じます。漱石は両親との折り合いが非常に悪く、たとえば《道草》という小説ではまるで自伝のような書き方でこんなことを書いて居るんです。

実家の父に取っての健三は、小さな一個の邪魔物であった。何しにこんな出来損いが舞い込んで来たかという顔付をした父は、殆んど子としての待遇を彼に与えなかった。

健三というのが漱石のように表現されているわけです。
漱石の父・直克は江戸時代末期の旧秩序型の権力者です。
かたや夏目漱石は新しい文化に希望を抱いて英語に興味を持ち、世界を視野に入れてイギリス文学や漢文学のことを考えていた。
父と子で、まったくの別ものなんです。




漱石は生まれてすぐに四谷の古道具屋に里子に出され、予防接種の種痘を受け、それが原因で天然痘(疱瘡)にかかって、かゆいかゆいと全身を掻きむしって煩悶した。当時は天然痘が世界中で問題となっていて、予防接種の種痘がさかんに開発されていた。当時それは大問題だったわけです。その頃に出来たあばたは大人になっても消えず、漱石はそのきずあとが不愉快でたまらなかった。写真を撮る時はそれを修正させたりしたそうです。




それで漱石は親たちの作りあげている社会に強い不信感を感じつづけていた。そういった不信感というものがあるからこそ、新しい世代への強い信頼と絆が生じるわけです。例えばカナダ人音楽家のグールドは漱石の草枕を絶賛していて「この世には聖書と草枕さえあれば良い」とさえ言わしめているわけです。そういった漱石の横の繋がりに於ける強さというものは、多くの同世代に今も共感を与え続けています。




よく小学校で推薦図書としてこの本があげられています。それでついうっかり、これは小学生の読みものだと思い込んでしまうかもしれません。けどこの文章って中高生くらいの教養がないと読めない気はします。




漱石は親友の正岡子規に導かれるようにして小説家となりました。
たとえば漱石がこの《ぼっちゃん》を書き記した年齢になってからこれを読んでみると、自分の境遇と照らしあわせて、もっとずっと味わい深く読めると思います。あるいは夏目漱石が正岡子規との思い出をどのように大切にしていたのかを想像しながら読むと、まるで異なる小説として読めるのではないでしょうか。






http://akarinohon.com/basic/bocchan.html
総ページ数 約300枚


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