貉 小泉八雲

  • 2011.07.05 Tuesday
  • 19:26


今日は小泉八雲の怪談『貉』を紹介しますね。狢。「むじな」と読みます。ほんの3ページほどの怪談です。
これは、小泉八雲の怪談にしては焦って書いているような気がしますし、子ども向きの話に思えますが、僕にはなんだか、本当にこわい話に感じるんですよ。




小泉八雲の怪談と、冴えない無名ホラー創作との違いというのは、やっぱり実際の体験が原形としてあるかどうか、という部分が大きく異なります。小泉八雲は、口伝で怪談の話を直接聞いてみてそれに興味を抱き、そこから文献を調べていって、怪異譚や口伝を研究し、それをみなが聞きたくなるような物語に昇華しているわけです。体験を礎にして創作を行っている。口伝というのは直接話しを聞いて、言葉では伝わってこない気持ちや表情や状況を感じてそれを忘れずにずっと憶えつづけるという長い過程があります。「こういうこわい話があったんだ」と村人同士が実際に話しあった。なぜかそれがいつまでも消えずに残り続けた。小泉八雲はそういう直接聞いた話や、いつまでも憶えていた話ということをすごく重視していて、単なる文字の記録を重視していないんです。




それでこの話は、狢(むじな)という化物が人を驚かせるという話なんですが、人がどうしてそれを驚くかというと、その妖怪は「顔が無い人」に化けるということなんですね。ほんらい口とかほっぺたとかがあるはずなのに、きれいさっぱり無い。顔が無い人にとって、自分はいったい何者だと思えるのでしょうか。自身の顔が無い、というのはとても怖ろしい事だと思いませんか? ふと鏡にうつった自分の顔を見て、もともとあったはずの顔がきれいに白い卵のようになっていたら、「ぜんたい自分は何者なのだろう」と、思いますよ。それまで判っていると思い込んでいたはずのことが判らない、まったく判らないという感覚に包まれる。




僕がこれを恐いと感じるのは、インターネット上でまったく顔の見えない人を相手に言葉を投げかけあっていることが多いからだとおもうんです。たとえば、十年くらいずっと同じ趣味や勉強を続けてそういう記録を残している人のウェブサイトは、もうそのコンテンツを見ただけでおおよその顔が見えてきますよね。安心感があります。でもたとえば出会い系サイトでつい先月知った相手は、もしかしたら真っ白なボールのように顔が無い人なのかも知れない。





http://akarinohon.com/basic/mujina.html (総ページ数 約3枚)

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