眠る森のお姫さま ペロー

  • 2011.09.10 Saturday
  • 17:17


今日はペローの『眠る森のお姫さま』を紹介します。
童話です。子どもが読むための本です。
しかし、大人でもちょっと読んでみてください。




美術家はよく、子どもの絵に感心しています。わりと多くの美術家が「小学校低学年ぐらいの絵が良い」と言うんです。僕はよく神社や博物館に飾られている子どもの絵に出くわすことがあるんですが、やっぱり小学生123年生くらいまでの絵はクレヨンを熱心に動かしていて、色も形も自由奔放で、自分なりの工夫があって見ていて飽きないです。それがなぜか小学校6年生や中学生になってくると、とたんに情熱が消え去ってしまって画一化されたものを描いてしまう。自分なりの工夫というものが押し潰されてしまうようです。アニメ絵がカクカクに強張ってしまったような絵であったり、風景写真の解像度が落ちたような絵であったりして、もともと持っていたはずの美が消え去ってしまうんです。


誤解のないように述べるのなら「童心に帰ろう」ということを言いたいんじゃないんです。戦争や平和の詩を読んでいても、幼い子どもが書いた詩のほうが芸術や学問の本質を掴んでいる、と感じることがよくあるんです。ピカソやクレーは子どものような奔放さを大人になっても発揮できた希有な芸術家で、それは童心に帰ったなんて状態じゃないです。でも明らかに子どもの力を発揮している。




ピカソがどう魅力的なのかというと、たとえばゲルニカという絵を描く時に、その描きたいという対象について熱心であると言うことが一つ言えるのではないでしょうか。描きたい、というものそのものをものすごく熱心に見ている。子どもが熱心に泣いている、子どもがなにか自分なりに遊んでいる、というところと共通しているように思えます。ピカソは対象をあたかもはじめて見たものであるかのようにじっくりと見ている。だから他の人と異なる表現になってゆく。絵を描く時に対象を見ていて、それはいったいどういうことなんだということをしつこく追求している。対象へのまなざしが純粋で、惰性で描いていないんだと言えると思います。「描き終えた後にも、その世界を一生見つめてゆくのだ」という意識が大切なようです。多くの画家は、そういうものだけを選びとって描いています。ほんとうに描きたいものを熱心に描いて、ほんとうは描きたくない、というものは慎重に拒むというのが、純粋さを失わない方法論なんじゃないでしょうか。




多忙が原因で感覚が干涸らびてしまった大人は、子どもに学ぶしかないんじゃないかと思います。『眠る森のお姫さま』やそういった童話を熱心に聞いていた時間があるはずなんですよね、誰にでも。
「むかしの私」に学ぶ機会があっても良いんじゃないかと。




僕は、100年眠っていたお姫さまの童話を読んでいて、98歳になってから処女詩集を出した実在の詩人を思い浮かべました。その方は、97歳までは目に見えない詩人だった。98歳になってはじめて、世間からも詩人と呼ばれるようになった。そばにいた誰かは、この人が未来の詩人であることを見抜いていたはずです。







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