黒猫 エドガー・アラン・ポー

  • 2011.10.01 Saturday
  • 15:40


今日はエドガー・アラン・ポーの『黒猫』を紹介します。これは加害の恐怖について描いた、かなり恐ろしい怪談です。恐怖ものが苦手な方は読み飛ばしていただいた方がよろしいかと思います。恐怖に関する物語には、主に2種類があると思います。被害者が感じる恐怖を描いたものと、加害者が実感する恐怖を描いたものです。「殺される」という恐怖を描くもの。それと「自分はいったいなにをしたのか」という恐怖を描くもの。この2つの恐怖が主であるかと思います。




アメリカの作家は特に、加害ということについてものすごく念入りに描いている作者が多いのではないかと思います。現代で言うとスティーブンキングの描く恐怖は、大きな暴力を選択しなければならなかった人間の苦悩が明確に描かれています。加害者側の心理をずーっと描いています。原罪というのを中心にして、誰しも罪を背負っているというような罪の概念を中心に据えて人間の倫理を考えていくようなそういう重厚な物語になっています。




僕は数年ほど前、ウィトゲンシュタインという哲学者の前期の哲学とその生涯についてを独習していたんですが。ウィトゲンシュタインがその哲学をはじめて明確な形に仕上げたのは、第一次世界大戦中の、最前線の戦地においてでした。加害と被害の恐怖というのが明確に表出する場で、そこでウィトゲンシュタインは自死というものにも直面していたようです。仲間や親類の死というのを目の当たりにし、周囲も自身も通常の心理状態から完全にかけ離れた状態になっているというそういった場で、ウィトゲンシュタインは「人はどこまで思考することができるのか」「思考可能なものの限界はどうなっているのか」あるいは「思考不可能なものはどのように扱うべきか」ということを考えていました。ウィトゲンシュタインは自身の人生そのものを学問に昇華していたんだなとすごく感動したんですが、そこでウィトゲンシュタインは、論理学という学問の内部に、破綻しない独我論的思考というのを打ち立てて、大々的に取り沙汰されている「哲学に於ける諸問題」がじつは思考の限界を超えたものを取り扱っていて、そういった哲学的議題は無意味であるから、すべてを明晰に語りえない事柄(思考の限界を超えた事象)については、沈黙するより他ないという結論を出しています。




思考の限界を超えている状態というのはようするに、完全なる無意味のことです。「飛は人を空ぶ」という無意味な言語であるとか「んりん」という事態について考えるということは思考の限界を超えている。だからそういう言説とじつはまったく同じ構造である「哲学の諸問題」は思考する意味が無く、沈黙するより他ない、とウィトゲンシュタインは結論づけた。




それで「哲学に於ける諸問題は完全に解決した。私の哲学はほんのわずかの破綻も無い完全な哲学として完成した。私は他者の繰り広げる言説について、なにか議論をふっかけたりするような無意味を行わない。他者の言説や、思考の限界を超えている神秘については沈黙と共に受け入れる」と宣言して、その宣言通りに哲学書を書くことを辞めて哲学者を引退するんです。それからウィトゲンシュタインは小学校の先生とかをやる。子供たちと一緒に聖書を読んで、心安らげる人生を目指すわけです。ウィトゲンシュタインはそれで『哲学というのはハエ取りツボに迷い込んだハエに、そこから抜け出すための方法を教えてやるようなものだ』と述べています。戦地で殺戮や自死というのを目の当たりにして完全なる混沌の状態からウィトゲンシュタインはみごとに抜けだしているわけです。そこでは師から論理学と哲学という学問を学んだことをものすごく重視しています。脈々と受けつがれ発展してきた哲学という学問の内部で思考しながら、そういった混沌から日常へと向かう架け橋を渡りきって、ウィトゲンシュタインは安穏な日常を手に入れた。




ところが、ウィトゲンシュタインの哲学には、この論考を中心として「思考の限界がどうなっているのか」を探究した『論理哲学論考』という《前期哲学》と、もうひとつ《後期哲学》というのがあるんです。前期の哲学は戦争や混沌と強く関わりながら描かれたのですが、後期哲学はそうでなくて、子供たちに聖書を教えると、そういう自身の望みを満たしている経験の中から書き上げられていったようです。僕はまだウィトゲンシュタインの後期哲学についてほとんどまったく読んでいないので良く判らないのですが、そこでは、言語の過ちについて探究しているようなのです。言語が人を惑わせる。言語というのはそういう間違いを発生させてしまう装置である、と前期哲学とはかなりちがうことを言いはじめているわけです。なんでそんなふうにちがうことを言いはじめるかというと、前期哲学を書き終えたあとの経験が、それまでの人生には無かったものだったからだと思います。




後期哲学の主要な部分は、どうも「哲学における治療」と「盲目的に暗記することと、自ら考えるということのへだたり」というのが重要なようです。どうやらウィトゲンシュタインは子供たちに聖書を教えている時にものすごく気になったことを探究しているようです。僕はまだウィトゲンシュタインの後期哲学について学んでいないので詳しくは判りません。これから本を借りて学んでいこうかと思います。




ポーのこの黒猫という名作には、思考の限界を明らかに超えてしまった男が「理解不能な感覚」に襲われ、自我を崩壊させるという状態が描かれています。「哲学に於ける自己治癒」という概念があるように、文学に於ける治癒というものもあるはずです。名作を通して、あからさまな失敗をかいま見ておくことで、私たちは私たちの恐怖がどのようにあるのかを理解し、私たち自身が抱える恐怖を治療しうるのではないか、ポーの本にはそういった力が備わっているのではないか、言語には私たちの混沌を整理しうる力があるのではないかと思います。





http://akarinohon.com/center/kuroneko.html (ページ数 約30枚)


モルグ街の殺人事件 エドガー・アラン・ポー

  • 2011.06.23 Thursday
  • 21:24


今日はエドガー・アラン・ポーの【モルグ街の殺人事件】を公開します。
フランスはパリ、モルグ街で起きた殺人事件を解き明かす名探偵デュパンが活躍する推理小説です。モルグ街というのは架空の街なんですが。
これはなにかの危機を乗り越えるための物語だと思うんです。




ご存じの方も多いとは思いますが、これはいわゆる“世界初”の探偵小説なんです。
日本で言えば“世界初”の恋愛長編小説【源氏物語】のように、過去に例がなかったものを作りだしたもので、ポーはいわゆる創始者・開拓者という存在なんです。アニメで言えばウォルト・ディズニーで、パーソナルコンピューターで言えばスティーブ・ジョブズのように、それまで存在していなかった分野をはじめから作りあげた人です。




それで、何もないところからなんらかの分野を新たに作りあげるというのはどういう用意周到さが必要なのか、というのがこの小説を読むとかなり明確になるんじゃないかと思います。探偵小説という分野が無い時代に、それを創った。探偵の犯人当て物語というのは現代ではアニメとかで普通に存在していてもう魅力が薄れてしまった分野になっているのですが、それが無い時代に、探偵と謎と意外な真相という設定を生み出すには、そうとうの力がいることが判ると思います。ポーはこの小説によって、従来と違う世界を打ち立てた。あり得ないことはないのに、現実化することは不可能な事件のことを描いてみせた。まったくの混沌の状況から、落ち着いた日常へと向かう道のりを描いて見せた。それまではざわめきが周囲を包み隠していたのに、別の世界観を提示することによって、世界のとらえ方が更新される。




何かが明らかに更新される瞬間ってあると思うんです。
金のかんむりを壊さずに、中身が本物の金であるか、それとも金以外であるのかを調べなさい、と王様に言われて、アルキメデスは考える。重さは量れるけど、体積は複雑すぎてはかれない。複雑なものをどうやって理解すればいいのか? 考えても判らないので風呂に入る。風呂にはいると水がザバーッとあふれる。
あふれだした水滴は、なんの水だ? と思う。
「ユリイカ!(わかった)」
と叫んで世界が更新される。




ある思想家が述べていたのですが、文学や詩の言葉というものは、当人や人々を書いた内容へと導いてゆくものなので、一度書いたものを丁寧に書き直し、自身らの未来をより良い方向へと捉え直してみることが大切であるのだそうです。そういうときに、名著や古典というものがほんとうに役立ってくるんじゃないか、と考えています。





こちらのリンクから全文お読みいただけます。
http://akarinohon.com/basic/morgue.html (約110頁 / ロード時間約30秒)

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