今日は、小泉八雲(本名ラフカディオハーン)の『雪女』を公開します。
もうすぐ夏なんですが、怪談というと夏の風物詩のようになっています。怪談。やっぱり好きです、妖怪。幽霊とか妖怪の物語は、なにか苦難そのものに対して、解決策を提示しません。それで、その苦の象徴である幽霊が、ただ、たたずんでいる、というのを実感する話になっています。
現代のお話しだと、とりあえずなにかよく判らないものとか問題のある事柄を、どうにかして説明して解決しようとしますよね。でも小泉八雲の物語はちがうんです。
ただ、そういう幽霊がひっそりと存在している、という「いるよ」という話なんです。しかも妖怪とか幽霊なんだけど、怖いと言うよりも、人間よりも人間らしく、ただただある場に佇んでいる。そして誰かにひっそりと寄り添っている。幽霊と人間が、女と男として愛しあうわけです。幽霊なのにまるで生きているようにしっかと存在している、という表現が堂々としていてすごいなと思います。
小泉八雲の『葬られたる秘密』というのが、この「いる」という感覚を鮮やかに描き出しています。他にも名作が多数ありますので、今後何作か紹介してみたいと思います。
ラフカディオハーン(日本人名・小泉八雲)はギリシャに生まれ、軍医である父は外地に赴任し母は精神を病み離婚しました。以後ハーンはフランスやイギリスで暮らしますが、ずっと孤独でした。工業都市リヴァプールで悲惨な労働を目の当たりにして、そういう過酷でがむしゃらな労働をしておったんでは、本当に死んでしまうと感じるわけです。
それからハーンは自由を求めてアメリカ行きの移民船に乗ります。その渡航中にも嵐と飢えと死が襲いかかります。やっとアメリカで自由を掴んでから、ハーンはアメリカからさらに日本へ向かいます。生まれ故郷のギリシャから遠く遠くへと離れてゆくわけです。
ハーンにとって日本の出雲・松江というのは幽霊や妖怪や八百万の神の国であって、青年期に居た工業都市リヴァプールからは完全にかけ離れていました。リヴァプールは世界に繋がる港で、そこから遠くアメリカへ、日本へ、そして出雲へと、行けるところまで行き着いた。ハーンにとって日本はひとつの浄土のように感じられたのではないでしょうか。海に浮かぶひとつの浄土としての日本です。
小泉八雲の暮らした島根は、その文化の発祥自体が特徴的です。
出雲の文化は、日本初の巨大権力組織であった大和朝廷からの圧政に対抗する形で勃興しました。大和朝廷の絶大な兵力に攻め滅ぼされないために、出雲は天を衝く神社を築きあげ、蛇伝説や妖怪の祟りといったまがまがしいものを取り入れていったのです。そういった暗黒の伝説が時代を経て、静謐な幽霊譚へと移行してゆく時期に、ラフカディオハーンが島根にやって来て、その文化を発掘し広く世界に知らしめたのでした。
ハーンは島根で美しい異性に出会って結ばれ、そのかつて出会ったことのない日本人女性の清楚さに感動します。そういった実際に体験した喜びから、神秘的な物語の数々が編み出されてゆくわけです。ものすごくうさんくさいことを書いているはずなのに、それが絵空事とは思えないのは、やはり素敵な出会いが創作の礎になっているからなんです。